「目に見えないもの」への苦手意識が解消された
自分の内側にすべての知恵がある、というシンボルのタロット2番には、秘められたものという意味がある。
秘められたというのは「目に見えない」「隠されている」という意味に捉えていたが、単に「かたちに表すことができない」と捉え方もあると気づく。
そして、かたちに表すことができないということをかたちにできるのが唯一「言葉」で、これが「イモータル」で言われていた言葉の大切さなのか。
だから、言葉=すべてではないけれども、すべてではないということを表現できるのも言葉しかないというか。
だから、斎王のカードは本を持っているのかな?と思った。

もちろん、芸術や音楽や瞑想などでも、その表現に近づくことができると思うが、言葉と音楽は記号なので、より正確に「かたちのないもの」をかたちにできるのかもしれない。
目に見えないもの=数秘2番という発想
7番が神秘の数字なので、どちらかというと「目に見えないもの=2番」という印象が強い。
私に関して言うと、誕生日の構成要素が2番、さらに人生を通じてピナクルやチャレンジに2番がある。
占星術では「目に見えないものを扱う才能がある」というように言われるのだが、目に見えないもの=スピリチュアル、という印象がぬぐえなくて、「スピリチュアルを仕事にしたくはないな…」と忌避していた。(魂の世界は探求テーマでもあるのだが、安易なスピリチュアルビジネスに警戒心があったので)
ただ、斎王のような2番の在り方はとてもしっくりくる。
なかなか目で見ることができない(さらに、文字で読んでも本人が体感しないことにはわからない)領域のことを扱うのは、苦手どころか、むしろワクワクする。
ようやく、自分のなかにあった「目に見えないものを扱うことへの抵抗」がかなり解消された。



