ネガティブの根っこを発見!私が「私を選ぶ」と決めるとき

私はずっと「いつもここで嫌な気持ちになる」
という感覚があったのですが、
ようやくそれの元になっている根っこを発見しました。

数秘術メルマガ(2019年9月22日)

先日メルマガで書いた上記のこと。

内容は個人的なことなので同じ数秘の方すべてにあてはまるとは限りませんが、探求の段階は参考になると思うのでシェアしますね。

対で見てみる

9月22日のメルマガで書いた内容のいきさつ。

私は誕生日にも名前にも数秘3番が多いです。
3番は、個性的なものを好む性質があって、ほかの人とは違う選択肢を選びがちです。

数秘を知ったときは「そうそう、その通りだわ!」と思い、「もっと個性的でいいんだ」と安心しました。

それは真実です。

でも、真実の裏に隠された「傷」がありました。

生存のために、得意なことを選択してきた

これまで、タロットを引いても、カラーを選んでも、オラクルカードを引いても「過去の傷が…」っていうメッセージがずーっと続いていました。

でも、心当たりがなかったんですよね。

私は特にトラウマとなるような不幸を経験したわけではないし(もちろん嫌な経験はたくさんあるけれど)、思い出せる傷は癒してきたなという自負もあったからです。
(傷ついたことは「傷ついたわー」と言えるようになっている)

しかし、先日、過去に傷ついた思い出をもう一度おさらいする機会がありました。

無視されたり、嫌がらせされたり、悪口言われたりしたときのこと。
大したことないと扱われたときの気持ち。
比較されて、下だったときのくやしさ。

あー、悲しかったな、辛かったな、傷ついたなと感じた気持ちが育ててきたもの。

「認められたい」
「無価値だと思われるのが嫌」
「負けたくない」

そんな気持ちが、「個性的でありたい」という気持ちと絡まって育ってきていたんです。

だから、個性的でありたいという私の願いに隠れて

「個性的であれば、誰とも比べられないで済む」
という逃げ道がありました。

私は、私として生きていきたいがために、あえて「個性的」という道を選んできたのです。

好きなのか、手段なのか

「個性的でありたい」
「個性的なものが好き」
という気持ちの裏に
「無視されたくない」
「認められたい」
という気持ちがべったり張り付いていて見えない状態でした。

それでもまあ
「自分のことを認められたい、軽く扱われたくないという気持ちはみんな持っているよね」
と思っていたので、さほどショックでもなかったというか、当然のような感覚でした。

ネガティブな感情は、正しく認識すれば消えていきます。

小さくなってはいるけれど、残っている「ネガティブ」

ショックだなと思うことが起きるたびに「いま、ショックを受けているなあ」と認識し、咀嚼し、手放していく。

その行程はだいぶ慣れたものになっていたのですが、
毎回ショックを受けるのは何故なんだ、
傷を癒しなさいというメッセージが毎度届くのは何故なんだ、
という疑問はぬぐえませんでした。

なので、「認められたい」「大事にされたい」という気持ちの、もっと底にもぐっていくことにしたのです。

硬い地面だと思っていたのは、泥沼だった

「もっと底を見たい」と思ってみたら、ちゃんと次があった、という感じでした。
硬い地面だと思っていたのが実は泥沼だったように、「認められたい」という気持ちが生まれる源があった。

※ここに至るまでには、深化数秘術講座を作ったことが多いに役立ちました。
数字を通じて「階層で見る」という考え方をしています。

どうやって次を見たのかというと、「うーんうーん」と思い悩む感じではなくて、日常生活を送りながら「それってどうなの?」とか「ってことは?」みたいに、ライトに問いかけたことで出てきました。

何か重要な答えを見出そうとすると意気込んでしまいがちですが、普段通りの方が意外とうまくいきます

普通と特別の境目はない、という感じです。

出てきた「根っこ」は……

泥沼の底に、根っこが見えてきました。

それは「選ばれたい」という思い。

「認められたい」「無視されたくない」という思いの根っこは「選ばれたい」という思いでした。

選ばれない=認めてもらえてない証拠
選ばれない=スルー(無視)される
選ばれない=大事にされない(気にかけてもらえない)

なるほどなるほど。

「じゃあ、なんで選ばれたいって思うんだろう?」
「誰かに選ばれなかった、嫌な思い出ってあった?」

問いかけてみると、あの人に傷つけられたなーという人の顔は思い浮かんでも、それが決定打ではないような感じが続きました。
敵のボスがいないような感じ。笑

選んでくれて、今がある

そんな問答を内部で繰り返していると、ふと、

「現実の自分を作っているのは、”私を選んでくれた人たち”だ」

という感謝の気持ちが沸き起こりました。

家族や友人、数秘を受講してくださった方々など、今ご縁のある人はみな、自分との関係を選んでくださった方たちです。

自分自身では「もっと成長しなきゃ」とか「もっと良くならなきゃ」と思ってしまうけれど、これまでの自分を選んでくださった方がいて、それってすごく有難いことじゃないかと思えたのです。

そうなると、「じゃあ、私を否定する存在はいったい誰なんだ?」ということになります。

私を選ばなかったのは誰だ?

問いかけの答えは…

「私を選んでいないのは”私”」

でした。

「もっと痩せていたらいいのに」
「もっと英語が喋れたらいいのに」
「もっとお金が稼げたらいいのに」
「もっと能力が高かったらいいのに」

と、「私」を差しだされていたときに断ったのは「私自身」だったのです。

私の人生に、何かにつけて文句をつけてくる「私」。

「安雲っていう人生はどう?」と言われて
「うーん、ちょっとね」
という会話を繰り返していたことになります。

これは、愛とか肯定とか受容というよりも、

ボタンを留めようとしているのに、ファスナーを上げる動きをしていた

みたいな感覚でした。

ボタンの掛け違いと言うか、ちょっとした動作の違い。

スープを食べさせようとスプーンを差しだしているのに、鼻に突っ込んでいる、みたいな。笑

「自分が自分を否定していたんだ」と分かってから
私:「私を選びますか?」
私:「はい」
というやりとりを(もぞもぞしながら)何度か繰り返すうちに、スープが口にちゃんと入るようになりました。

根っこを発見したら、どうなる?

「奇跡が起きた!」
……なんていうことはありません。

私が私であるという正しい認識ができたので、「絡まった糸がほどけた」という感覚ですが、そもそも生まれたときはそこがデフォルトなので、ようやく基準値に戻った状態です。

とはいえ、心は少し軽くなったし、感覚は非常に鋭くなりました。
(例えるなら、音を鳴らした時に、よく聞こえる&音がよく響くようになる感じ)

結論

数秘の意味がひとつではないように、心も多層になっています。

ひとつのことに複雑な感情が折り重なっていることが多々あって、表面にないものはなかなか見えづらいので、意識的に整理整頓していくのがおススメです。

自分の背中は自分でマッサージするのが難しいように、
一人で答えにたどり着くのは難しい場合があるので、
そんなときは私や数秘でできることはお手伝いさせていただきたいなーと思います。

以上、私の「根っこ発見までの記録」でした。

人が輪になって祈っているように見えるキャンドル。最近ずっとつけてました。

追記

その後、体感していること

  • スランプがちょっと抜けた(大々的には抜けない)
  • 決断が以前より早くなった(悶々とする時間が減った)
  • 色々な理由をスッキリ考えるようになった(例えば、何故キャンドルを作っているのかとか、数秘をやっているのか等)
  • 自己肯定感や自信はあまり必要なくて、ただ「自分です」という認識があればいい
  • 耳が良くなった(目に見えないとある感覚を音で感じるのだが、その精度が上がった)

さらなる経過は、メルマガやブログで書いていきますね!

リリ数秘術考案・講師。調和をベースにした数秘術・色彩心理・タロット講座を開講。セッションも行う。
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